ワシントン条約とは?どんな動植物が対象?罰則はあるの?
ワシントン条約をご存知でしょうか。
あまり聞きなじみがない・知っていても自分には関係がない、と思っている方も多いかもしれません。
しかしながらワシントン条約は、私たちが住む地球上の、動植物の種の保存のために欠かせないもの。それは遠い国の生物であったり、実生活で食卓にのぼるような身近なものであったりと様々ですが、無関心ではいられません。
この記事では、そんなワシントン条約について、どのような背景で成立し、どんな動植物が対象か、罰則の有無などについて解説していきます。
1.ワシントン条約とは?
ワシントン条約とは、簡単に言うと多国間における貿易制限の協定です。ただしその貨物は物品ではなく、動植物となります。
正式名称はConvention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引における条約」。CITES(サイテス)の通称も持ちます。
2019年12月現在、183か国および欧州連合(EU)が締結国として名を連ねています。
①成立の背景
1972年6月、スウェーデンのストックホルムにて、国連人間環境会議が開催されました。これは世界初の環境保護についての大規模政府間会議で、113もの国々が参加しています。当時はベトナム戦争などや公害が深刻な問題になり始めており、以後の世界的な環境問題への取り組みの大切なスタートラインとなりました。
この会議場で、絶滅のおそれのある野生動植物の保護について言及されます。とりわけ1960年代からアフリカで頻発していた、角・牙目当てのサイや象などの密猟を取り締まる必要があったためです。そこで、こういった野生動植物の国際間取引に関する条約採択会議の早期開催に対する勧告が行われました。
この勧告を受け、国際自然保護連合(IUCN:International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)が条約作成に尽力し、1973年3月、アメリカ ワシントンで「野生動植物の特定の種の国際取引に関する条約採択のための全権会議」が開催され、ワシントン条約が採択されるに至りました。
②ワシントン条約の概要
ワシントン条約は密猟を取り締まったり、野生動植物の繁殖を行ったりするためのものではありません。「国際間の経済取引」に対する制限を設けた条約です。
例えば象牙、サイの角、珍しいオウムやトカゲ、ランにサボテン。最近ではコツメカワウソがニュースに上っていましたが、こういった稀少な動植物あるいはその加工品は、高値で売れることから生息域での乱獲が横行しており、ますます絶滅のおそれを高めるという事態に陥っています。
そこでワシントン条約では、対象種を締結国間で輸出入させないことで、結果として密猟や絶滅を防ぐことを目的としました。「売れない・買えない仕組みづくり」と言ったところでしょうか。
対象種は合計で30,000種以上。生きている動植物だけでなく、剥製や毛皮などの装飾品、骨、牙、漢方などといった加工品も対象となります。また、卵や種子・球根はもちろん、糞尿や嘔吐物を除く生体の一部も対象です。
これは海外旅行などを利用して出入国する個人であっても規制を免れず、適切な措置が科されることとなるので気を付けましょう。
なお、国際間での取引制限となるので、国内での移動は規制対象ではありません。
③日本のワシントン条約
わが国の加盟は1980年です。同年4月25日の通常国会において締結が承認され、11月4日に批准しています。
現在、「輸出貿易管理令」「輸入貿易管理令」にワシントン条約を反映しており、かつワシントン条約対象種の輸入は定められた税関でのみ通関することが可能です。
また、締約国は、ワシントン条約対象種の輸出入許可書および証明書の発行権限を持つ「管理当局」を設置しなくてはなりませんが、日本では経済産業省と農林水産省が担います。前者は海洋での採取品以外の一般的な輸出入、後者は海洋での採取品などを管轄しています。
許可書の発行を助言できる科学的な機関(科学当局)として、植物および水棲動物については農林水産省、陸上動物については環境省が指定されています。
2.ワシントン条約附属書I、II、III
ワシントン条約では、ただやみくもに対象種の輸出入を規制しているわけではありません。取引状況や生息状況によって附属書(Appendix)I、II、IIIとランク付けのうえ分類しています。
その中では具体的に種も分けられており、それぞれに適切な国際間取引の規制レベルを設けています。
掲載されている動物はおよそ5,800種、植物はおよそ30,000種となっております。
なお、国によって種の名前は様々ですが、附属書では全て学名で記されています。
※2019年12月現在の情報です。
※詳細や実際の運用の際は、経済産業省の手引きをご確認ください。
①付属書I
■附属書I掲載の基準
最も厳格な取引規制の対象です。絶滅のおそれのある種で、経済取引によって影響を受けている・あるいは受けるおそれのあるものが掲載されます。
■規制の内容
原則として、商業目的での取引の一切が禁止されています。
学術研究が目的であれば取引することができますが、輸出国・輸入国どちらからも許可書を取得する必要があります。
人口繁殖用および条約締結前に取得した標本等の輸入手続きについてのガイドラインも存在し、やはり輸出国と輸入国双方の許可書が必要となります。
■対象種
・・・ジャイアントパンダ、ゴリラ、オランウータン、ウミガメ、トラ、ヨウム、センザンコウなどおよび1,000種
②附属書II
■附属書II掲載の基準
現在は必ずしも絶滅のおそれはありませんが、国際的な経済取引を規制しないと、今後絶滅のおそれの出てくる種が対象となっています。
■規制の内容
商業目的の取引が可能ですが、条件付きです。
取引の際は、輸出国の政府が発行する輸出許可書が必要となります。
日本に輸入する際は管理当局にあたる経済産業大臣の事前確認書をまず取得し、税関に提出しなくてはなりません(ケースによっては通関時確認のみ)。
なお、附属書IIの対象種であれば、特例措置で個人の輸出入が可能です。しかしながらやはり条件付きで、生きた個体でないこと・定まった量であることなどが求められます。ただし条件を満たしていれば事前手続きは不要となります。
■対象種
・・・オウム、サンゴ、ライオン、サメ類、タツノオトシゴ、サボテン、ラン、マホガニー、ローズウッドなどおよそ34,600種
③附属書III
■附属書III掲載の基準
国際的に絶滅のおそれがある種ではなく、ワシントン条約締結国が自国内での種の保護のために用いるものです。附属書IIIに掲載されていれば、他の締結国・地域も協力を求められます。
■規制の内容
商業目的での取引が可能ですが、輸出国政府の発行する輸出許可書や原産地証明書などが必要です。なお、日本への輸入手続きは附属書IIを踏襲します。
■対象種
・・・セイウチ(カナダ)、タイリクイタチ(インド)、宝石サンゴ(中国)などおよそ200種
④人工飼育・人工繁殖用に関する特別規定
これまでご紹介した附属書とは別に、人工飼育・繁殖させた種については特別な規定が設けられています。
野生ではないためたとえ附属書Iの対象種であったとしても附属書IIの取り扱いが適応されることとなり、輸出国政府機関が発行した繁殖証明書で輸出許可書とすることができます。
ただし、繁殖施設は条約事務局に事前に申請・登録しなくてはなりません。
⑤留保
「留保」と呼ばれる権利があります。
これは附属書に掲載された種でも、留保することが認められた国は条約の定めた規制を受けない、としたもの。例えば附属書Iの種を留保すれば、該当国だけは附属書IIとして扱っても良いことになります。
本来は法整備のための猶予期間として設けられましたが、現在は取引規制を受けたくない・受けられない実情のある国が利用しているケースもあります。例えば日本では、鯨やサメ、タツノオトシゴなど留保を続けている種も少なくありません。
3.ワシントン条約の罰則について
ワシントン条約の締結国は、自国内での対象種の輸出入規制に対し、ルールや罰則を整備することが求められます。
もちろんこれはただ海外からの玄関口で取り締まる、というだけにとどまりません。万が一ワシントン条約対象種が輸入されてしまった後、国内市場での取引を制限したり、管理したりしなくてはなりません。
日本では、「外国為替および外国貿易法」(外為法:がいためほう)および「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)によって取り決めが行われています。
もし税関で輸入が発覚した場合は、輸入品の没収と罰金刑が科されます。ちなみに「知らなかった」では済まされませんので、気をつけましょう。また、許可書が下りなかった場合、速やかに貨物を輸出国に返送あるいは任意放棄(所有権の放棄)しなくてはなりませんが、これを怠るとやはり罰則対象となります。
もし税関を通さずに対象種を輸出入したことが発覚したら、個人の場合で「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」、法人の場合だと「1億円以下の罰金」が科されます。これは譲渡や捕獲にお言えることです。
対象種を陳列したり、広告に使ったりした場合は、個人は「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」法人だと「2,000万円以下の罰金」となります。
これらの規制管理もまた、管理当局と科学当局が担います。
こういった違反行為にルール・罰則をしっかりと設け、締約国が条約施行に尽力しているかどうかは、後述する締約国会議の下に設けられた常設委員会で審議されます。もし条約不履行の国があった場合、常設委員会は貿易などによる経済制裁を勧告することが可能です。
4.知っておきたい締約国会議(Cop)
2019年夏、CoP18(コップ18)という用語を、メディアを通して見かけませんでしたか?
これがワシントン条約の締約国会議であり、Conference of the Partiesを略してコップと呼ぶことが一般的です。
この締約国会議は、2~3年に一度程度開催されている定例会議です。
前述した条約履行の有無など施行状況の検証のみならず、ワシントン条約の内容・対象種を議論・決議します。具体的には、附属書の掲載種に追加や修正は必要ないか?取引状況はどうなっているか?ワシントン条約の運営のために、予算はどのくらい採るか?などといったことを話し合います。
提案される議題は、可能な限り締約国の全会一致を目指しますが、合意に至らない場合は投票を行い、3分の2以上の賛成で採択となります。
そんな締約国会議が、直近では2019年8月にスイス ジュネーブで開催されました。CoP18です。
近年の会議で紛糾しているのが象牙問題です。
象牙はその名の通り象の牙を指し、ワシントン条約成立以降、国際的な経済取引は原則禁止が採られてきました。しかしながら条約登録前に採取された象牙がまだ一大市場を形成しており、そこに新たに密猟で持ち込まれた象牙が出回ってしまっていることは否めません。
そこで2016年10月に行われた締約国会議で、締約国に対し象牙の国内市場の閉鎖が勧告されることとなりました。中国など、これを履行する国々もありましたが、日本は「適正な象牙取引」を前提にこれを否定しています。
日本では象牙製の印鑑が非常に重宝されていることも大きいでしょう。事前に登録された事業者が取り扱う分には合法です。また、アフリカゾウの獣害に悩む南部アフリカ諸国からも、否定的な声があがっています。
そこでCop18では、再度象牙市場の閉鎖を求める決議案が出されましたが、反対国多数により見送りとなりました。
締約国間での種に対する見識の違いは象牙だけではありません。
2010年にはタイセイヨウクロマグロが議論され、また現在では二ホンウナギやかまぼこの材料となるアオザメを規制対象とする検討が行われています。いずれも私たちの食卓に身近なものばかりですね。
冒頭でも述べたように、ワシントン条約は遠い国の出来事ではありません。地球上の生きとし生ける動植物と共存するためにも、私たち一人ひとりが考えていかなくてはいけない課題と言えるでしょう。
5.まとめ
ワシントン条約について解説いたしました。
ワシントン条約の正式名称はConvention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引における条約」であり、通称CITES(サイテス)で呼ばれること。この名前の通り、野生動植物の国際的な経済取引に対する規制措置であること。対象種は附属書でランク分けされており、それぞれで規制内容が異なること。この対象種の附属書への修正・追加を始め、条約履行の検証や運営について議論・決議する場が締約国会議(CoP)であることをご理解いただけたでしょうか。
今回ご紹介した対象種の他にも、非常に存続が危ぶまれていたり、対象種とするのに議論が繰り返されたりしている動植物はまだまだたくさん。ひょっとすると、それは身近なものかもしれません。